2014年10月17日金曜日

時を纏(まと)う物

学生のころ古着が好きであった。
当時、大阪から『ネオ古着ブーム』というのが起こり、関西にいた私はそれにハマった。

ネオ古着ブームとは、40~70年代のアメリカ物のVINTAGEブーム後に到来した、80~90年代の音楽・スポーツ・スケート・企業・パロディなどのストリート・サブカルを背景にした、カラフルな古着の流行であった。
前者を昔の労働者・軍人・カウボーイなどのコスプレ、後者をミュージシャン・スケーターなどのコスプレとイメージしてよいかもしれない。

ネオ古着の流行は、音楽の流行と強く絡むものだった。
米西海岸の乾いた空気感や欧州clubの先鋭的で湿気を帯びた高揚など、音楽のトレンドを取り込んで流動していった。
また、敢えて古いものと新しものをミックスする、映画・音楽・ARTなどのウンチクを効かせるなど、『分かる人には分かる』情報戦さながらの幅広い表現を生み出しつつ、パワフルに広がっていた。

(そもそも古い物はアーカイブの側面をもつが、路上文化やサブカルチャーがその歴史を振り返るに足る厚みをもつに至った時期だったのかもしれない。)

しかし、諸行は無常。終わりのないブームは無い。
高い自由度を誇ったその流行も、象徴的なスタイルが溢れ、停滞し、そのものが1トレンドと化しながらやがて時代の波に押し流され消えていった。

実のところその流行自体、ごく狭い世界での出来事だったのかもしれない。
そこに生き、酔いしれた私は“若者だった”ということに尽きるが、古着を通してさまざまな時代の『空気感』にかりそめにでも触れた経験は、自分の財産になったと感じている。


たわいもない昔の話。
そんな、過ぎし日を振り返る理由は……先日、久しぶりに古着を買ったのである。




まったく古くなく、高価でもないLevis519。コーデュロイでなくデニム。

歳を取るにつれ古着は着なくなり、ほぼ全て手放してきた。
しかし近頃、何となく古いものに惹かれる
古さというよりも、時を経てきたということに親近感や愛着のようなものを覚える。
お前も、長いこと世の中を眺めてきたんだな……というような。

そうした湿っぽい物の見方は、いまの私の体調には好ましくないのだが。

いずれにせよ、“かつて若者だった私”も歳を取ったということだけは言える。





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